特異構造を有するシルセスキオキサン

1. 逆ミセル形成可能な両親媒性シルセスキオキサンの簡易合成と色素分子の内包

図1 逆ミセル形成可能な両親媒性シルセスキオキサン(Am-SQ)の合成
図1 逆ミセル形成可能な両親媒性シルセスキオキサン(Am-SQ)の合成

 両親媒性分子が形成するミセルや逆ミセルは、その内部に存在する特殊な微小空間を用いて、様々な応用が展開されています。しかし、これらの両親媒性分子は主に有機化合物であり、耐熱性や耐候性等に優れた無機成分を含む両親媒性分子からなるミセルや逆ミセル形成に関する研究は、かご型オリゴシルセスキオキサン(POSS)などの構造制御された無機化合物に限られていました。一方で、反応の制御が難しいゾル-ゲル反応により得られる無機骨格材料を用いて両親媒性分子を合成することは困難でした。

 当研究室では、アンモニウム基含有ロッド状(ラダー状)PSQの合成手法を用いて、APTMSとエーテル鎖含有トリエトキシシラン(TES-EC)からなる混合物の塩酸水溶液中でのゾル-ゲル反応を検討したところ、逆ミセル形成可能な側鎖に親水基及び親油基を有する両親媒性SQ (Am-SQ)が得られることを見出しました(図1)[1]。

 Am-SQの逆ミセル内にイオン性色素(例えば、テトラフェニルポルフィリンテトラスルホン酸 (TPPS)や1,3,6,8-ピレンテトラスルホン酸テトラナトリウム塩 (PTSNa4))が内包できることも明らかにしており、この逆ミセル内でこれらのイオン性色素が会合体を形成していることも見出しています。今後、この親水ナノ空間を利用した応用が期待されます。

 

[1] A. Nagatomo and Y. Kaneko, J. Nanosci. Nanotechnol., 2016, 16, 9238. URL

2. 大環状構造を有する可溶性ポリシルセスキオキサンの合成とパラジウム捕捉

図2 大環状構造を有するポリシルセスキオキサン(PSQ-MC)の合成とパラジウムイオン捕捉の様子
図2 大環状構造を有するポリシルセスキオキサン(PSQ-MC)の合成とパラジウムイオン捕捉の様子

 環状化合物は環の大きさや官能基に応じて原子や分子を内部に内包することが可能であることから、大環状構造を繰り返しユニットにもつポリマーは、クロマトグラフィーにおける固定相や金属捕捉剤などへの利用が期待されます。例えばこれまでに、有機アルミニウム共存下での重合によるクラウンエーテル状環化ポリマーの合成[2]や、水素結合とシクロヘキサン環によりコンフォメーションの規定された二官能性モノマーの重合による19員環構造を有するポリマーの合成が報告されています[3]。

 一方で本研究では、大環状構造を繰り返しユニットにもつ可溶性ポリシルセスキオキサン(PSQ)の合成を目的に検討を行ってきました。このようなPSQを合成するために、これまでに松川らが報告しているジルコニアナノ粒子の分散剤として用いられている”デュアルサイト型シランカップリング剤[4]”に着目しました。デュアルサイト型シランカップリング剤の希薄溶液中、穏やかな条件下での反応においては、シランカップリング剤内に存在する2つのアルコキシシリル基同士の分子内縮合反応が起こり、大環状構造が形成されると予想され、その後に反応溶液を加熱・濃縮することで分子間での縮合反応が進行し、大環状構造を有しかつ主鎖のSi-O-Si構造が制御された可溶性PSQが合成できるのではないかと考えました。そこで、デュアルサイト型シランカップリング剤である{3-[3-(トリメトキシシリル)プロピルスルファニル]プロピル}フタラート(BTPP) の塩酸を触媒に用いた加水分解/縮合反応を検討したところ、大環状構造を有する可溶性PSQ(PSQ-MC)が得られることを見出しました。さらに、PSQ-MCはレアメタルであるパラジウムを捕捉可能であることも明らかにしました(図2)[5]。

 

[2] K. Yokota et al., Makromol. Chem. Rapid Commun., 1985, 6, 155.

[3] B. Ochiai and T. Endo et al., J. Am. Chem. Soc., 2008, 130, 10832.

[4] K. Matsukawa et al., J. Photopolym. Sci. Technol., 2014, 27, 261.

[5] D. Maeda, K. Matsukawa, Y. Kusaka, and Y. Kaneko, Polym. J., 2019, 51, 439. URL

3. 架橋構造を含むCO2吸着性アミン官能化ポリシルセスキオキサンの合成

図3 CO2ガスバブリング下の水中でのアミノ基含有有機トリアルコキシシラン(APTMS)と架橋型有機アルコキシシラン(BTMSPA)の混合物の加水分解/縮合反応、凍結乾燥、熱処理によるCO2吸着性架橋型アミン官能化ポリシルセスキオキサンの合成
図3 CO2ガスバブリング下の水中でのアミノ基含有有機トリアルコキシシラン(APTMS)と架橋型有機アルコキシシラン(BTMSPA)の混合物の加水分解/縮合反応、凍結乾燥、熱処理によるCO2吸着性架橋型アミン官能化ポリシルセスキオキサンの合成

 温室効果ガス、特に二酸化炭素(CO2)の排出によって引き起こされる地球温暖化は、今世紀に解決しなければならない世界的な課題です。CO2を回収して隔離することは、上記課題を解決するための有望な方法です。CO2を回収する技術の中で、アミン化合物を使用した化学吸収法は、現在、産業規模でのCO2回収の最も有望な技術の1つです。しかし、CO2回収に使用される一般的な液体アミン化合物であるモノエタノールアミンには、腐食、酸化劣化、揮発性の高さなど、欠点があります。

 そこで当研究室では、強酸や強塩基などの触媒を使わずに、CO2ガスバブリング下の水中で、アミノ基含有有機トリアルコキシシランと架橋型有機アルコキシシランの混合物の加水分解/縮合反応、その後、凍結乾燥と熱処理(120°Cで4時間)を行うことで、架橋構造を含む一連のアミン官能化ポリシルセスキオキサン(PSQ)を合成しました。得られた材料の中で、3-アミノプロピルトリメトキシシラン(APTMS)とビス[3-(トリメトキシシリル)プロピル]アミン(BTMSPA)(モル比1:1)の混合物から合成されたアミン官能化PSQは、乾燥条件下で比較的高いCO2吸着容量を示しました(図3)[6]。また、CO2の吸脱着を10回繰り返しても吸着容量は著しく低下せず、CO2回収材として繰り返し使用できることもわかりました。

 

[6] Y. Sainohira, K. Fujino, A. Shimojima, K. Kuroda, and Y. Kaneko, J. Sol-Gel Sci. Technol., 2019, 91, 505. URL

4. テンプレート重合による二本鎖ポリシロキサンの合成

図4 側鎖にジアルコキシシリル基を有するポリシロキサンの分子内重縮合(テンプレート重合)による可溶性二本鎖ポリシロキサンの合成
図4 側鎖にジアルコキシシリル基を有するポリシロキサンの分子内重縮合(テンプレート重合)による可溶性二本鎖ポリシロキサンの合成

 ポリマーは通常一本鎖で構成されており、熱的・機械的特性を調整するためには、ポリマーの主鎖や側鎖にさまざまな官能基を導入して、構造や分子間相互作用を制御する必要があります。一方、二本鎖(ラダー状)ポリマーは、コンフォメーション変化が限られているため、一本鎖ポリマーとは異なる特性を持つことが予想されます。

 二本鎖有機ポリマーの代表的な合成方法として“テンプレート重合”が知られており、これは重合可能な置換基をベースポリマーの側鎖に導入し、続いて分子内重合を行う手法です。一方、無機ポリマーの分野では、ラダー状構造のシルセスキオキサン(SQ)が知られています(こちらを参照)。

 当研究室では、新たなラダー状シロキサンベースポリマーとして、テンプレート重合法による二本鎖ポリシロキサン(DC-PS)の合成を検討してきました。具体的には、アンモニウム基含有ポリシロキサン(PS-NH3Cl)こちらの「1」を参照。比較反応にてポリシロキサンを合成している。)の側鎖に導入された重合性基としてのジエトキシシラン成分の分子内重縮合(テンプレート重合)によって達成されました(図4)[7]。DC-PSの熱分解温度(Td10)は400℃を超え、熱安定性に優れていることがわかりました。 DC-PSはキャストフィルムを形成することができ、比較的高い撥水性、ガラス基板との付着性、および表面硬度を示すことも明らかにしました。

 

[7] M. Nobayashi, K. Shikinaka, and Y. Kaneko, Polym. J., 2022, 54, 11. URL

Last updated on October 8, 2023