シルセスキオキサン骨格を有するイオン液体

1. ランダム型オリゴSQ骨格を含む四級アンモニウム塩型イオン液体の合成

図1 トリメチルプロピルアンモニウム塩含有SQイオン液体の合成
図1 トリメチルプロピルアンモニウム塩含有SQイオン液体の合成

 イオン液体は、電解質やグリーンソルベントとしての利用が検討されており、近年非常に注目されていますが、Si-O-Si結合等の無機成分を含むイオン液体の報告例は非常に限られています。このような無機成分をより多く含むイオン液体は、耐熱性や難燃性の向上が予想され、より安全な電解質等への利用が期待されます。このような背景より、無機骨格材料であるかご型オリゴシルセスキオキサン(SQ)構造を有するイオン液体が中條・田中らによって世界で初めて合成されました [1]。

 一方で当研究室では、原料に四級アンモニウム塩含有有機トリアルコキシシラン(TTACl)、触媒に超強酸のビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド (HNTf2)水溶液を用いて加水分解/縮合反応を行ったところ、SQ骨格をもつイオン液体(Am-Random-SQ-IL)が得られることを見出しました(図1a)[2]。

 29Si NMR、XRD、静的光散乱(Zimmプロット法)による分子量測定等により、Am-Random-SQ-ILはラダー状やかご状のような規則的な構造をもたない非晶質なオリゴマー(Mw = ca. 1800)であることが分かりました。DSC測定から15℃付近にガラス転移点(Tg)由来のベースラインシフトが観測され、約40℃で流動性を示すことが目視で確認されました。また、TG測定からは5%重量減少温度(Td5)が417℃であり、非常に耐熱性の高いイオン液体であることが明らかになりました。

 一方、HNTf2の水/メタノール混合溶媒を用いて同様の反応を行ったところPOSS(Am-POSS)が得られましたが(図1b)、150℃以上まで加熱しないと流動しませんでした(つまりイオン液体ではない)。Am-POSSは結晶性を有し融点(Tm)程度まで加熱しないと流動しなかったのに対して、Am-Random-SQ-ILは非晶質のランダム型オリゴSQであるためTmは存在せず、その結果Tgより少し高い温度で流動することができたと考えています。

 

[1] K. Tanaka, F. Ishiguro, and Y. Chujo, J. Am. Chem. Soc., 2010, 132, 17649. 

[2] T. Ishii, T. Mizumo, and Y. Kaneko, Bull. Chem. Soc. Jpn.201487, 155. URL

2. ランダム型オリゴSQおよびPOSS骨格を含むイミダゾリウム塩型イオン液体の合成

図2 1-メチル-3-プロピルイミダゾリウム塩含有SQイオン液体の合成
図2 1-メチル-3-プロピルイミダゾリウム塩含有SQイオン液体の合成

 前述の四級アンモニウム塩型SQイオン液体の流動性を示す温度は40℃程度であり、多分野での利用を考慮した場合、室温付近でイオン液体となる分子設計が必要になります。

 一般に、イミダゾリウム塩型のイオン液体は、室温以下で液体となるものが多いことが知られています。そこで、SQ構造を有するイミダゾリウム塩型イオン液体の合成を目的に、イミダゾリウム基含有有機トリアルコキシシランのHNTf2を触媒に用いた加水分解/縮合反応を検討しました(図2)[3]。

 1-メチル-3-[3-(トリエトキシシリル)プロピル]イミダゾリウムクロリド(MTICl)のHNTf2水溶液中での加水分解/縮合反応を行ったところ、ランダム型オリゴSQ構造を有する0℃で流動するいわゆる室温イオン液体(Im-Random-SQ-IL)が得られることを見出しました(図2a)。一方、HNTf2の水/メタノール混合溶液からはPOSS構造を含む100℃付近に流動温度をもつSQイオン液体(Im-POSS-IL)が得られることがわかりました(図2b)。これらのSQイオン液体は非常に高い熱分解温度と比較的高いイオン伝導度を示しました。

 

[3]  T. Ishii, T. Enoki, T. Mizumo, J. Ohshita, and Y. Kaneko, RSC Adv.20155, 15226. URL

3. 二種類の側鎖置換基がランダムに配置されたPOSS骨格を含む室温イオン液体の合成

図3 二種類の側鎖置換基がランダムに配置されたPOSS骨格を含む室温イオン液体の合成
図3 二種類の側鎖置換基がランダムに配置されたPOSS骨格を含む室温イオン液体の合成

 前述のように、TTAClやMTIClを原料に、超強酸のHNTf2触媒に用いて加水分解/縮合反応を水/メタノール混合溶媒中で行うことで、結晶性のPOSS(Am-POSSおよびIm-POSS-IL)がそれぞれ簡便に得られることを見出していますが、これらの結晶性POSSはTm程度(172および105℃)まで加熱しないと流動性を示しません。長期安定性を考慮しますと、Si–OH基の存在するランダム型SQよりも、Si–OH基の存在しないPOSS構造を有するイオン液体の方が有利であると思われますが、Am-POSSおよびIm-POSS-ILの比較的高い流動温度が電解質やグリーンソルベントとして利用する際の課題になると思われます。

 そこで当研究室では、TTAClとMTIClからなる混合物のHNTf2を触媒に用いた加水分解/縮合反応を水/メタノール混合溶媒中で検討したところ、室温イオン液体の性質を示す二種類の側鎖置換基含有POSS(Amim-POSS-IL)が得られることを見出しました(図3)[4]。

 Amim-POSS-ILのDSC測定を行ったところ,−8℃にTg由来のベースラインシフトが観測され、Tm由来の吸熱ピークは観測されませんでした。また、生成物の流動温度を目視で確認したところ、約30℃以上で流動性を示したことより、室温イオン液体であることがわかりました。すなわち、Amim-POSS-ILは二種類の置換基がPOSSの側鎖にランダムに配置したことで分子の対称性が低下し、結晶化が抑制されTmが消失し、その結果室温付近で流動性を示したと考えています。

 さらに、Amim-POSS-ILのTG測定より、熱重量減少温度(Td5)は420℃であることがわかり、このPOSSの側鎖部分と同じ構造のイオン液体のTd5よりも高いことが明らかとなりました。

 

[4] A. Harada, S. Koge, J. Ohshita, and Y. Kaneko, Bull. Chem. Soc. Jpn.201689, 1129. URL

4. 二種類のアンモニウム基を有するプロトン性POSSイオン液体の合成と熱物性

図4 (a)非晶構造および(b)結晶構造を示す2種のアンモニウム側鎖基(第一級、第二級、第三級および第四級アンモニウム基)含有POSSの熱物性
図4 (a)非晶構造および(b)結晶構造を示す2種のアンモニウム側鎖基(第一級、第二級、第三級および第四級アンモニウム基)含有POSSの熱物性

 前述の結果を踏まえて、アンモニウム基のみを含むPOSSにおいても、二種類の側鎖置換基を組み合わせることで非晶質構造となり、比較的低温で流動性を示すPOSSイオン液体が得られないか検討を行いました。その結果、第一級と第三級、第一級と第四級、第二級と第四級アンモニウム基の組み合わせのPOSS(POSS-Am(1,3)、POSS-Am(1,4)、POSS-Am(2,4))は非晶質であり、比較的低温で流動するイオン液体(プロトン性イオン液体)になることがわかりました(図4a)[5]。POSSの側鎖にぶら下がっている二種の置換基の構造が大きく異なる、すなわちアンモニウム基のN原子に隣接しているメチル基の数の差が2以上の場合は、POSSの対称性が低下し非晶質となり、その結果、アンモニウム基含有POSSの流動する温度も低下したと考えています。

 

[5] R. Hasebe and Y. Kaneko, Molecules, 2019, 24, 4553. URL

5. POSS骨格を含むイミダゾリウム塩型イオン液体の物性とアルキル鎖長の相関性

図5 POSS骨格を含むイミダゾリウム塩型イオン液体の物性とアルキル鎖長の相関性
図5 POSS骨格を含むイミダゾリウム塩型イオン液体の物性とアルキル鎖長の相関性

 2で述べたように、MTIClを原料に、HNTf2を触媒に用いた加水分解/縮合反応を水/メタノール混合溶媒中(1:19, v/v)で行ったところ、結晶性のPOSSが簡便に得られることを見出していますが、これらの結晶性POSSは融点(Tm)程度まで加熱(100℃)しないと流動性を示しませんでした。

 本研究では、イミダゾリウム塩を側鎖に有し、室温付近で流動性を示すPOSSイオン液体の合成を目的に、種々のイミダゾリウム塩含有有機トリアルコキシシランのHNTf2を触媒に用いた加水分解/縮合反応を行ったところ、イミダゾリウム塩の側鎖置換基Rがn-プロピル基とn-ブチル基のときにPOSS構造を有する室温イオン液体が得られることを見出しました(図5)[6]。

 

[6] D. Maeda, T. Ishii, and Y. Kaneko, Bull. Chem. Soc. Jpn., 2018, 91, 1112. URL

6. 環状シロキサン構造を有するイオン液体の合成

 当研究室では、SQと同様にシロキサン骨格化合物である環状シロキサン構造を有するイオン液体の合成も行っています。詳しくは、イオン性環状シロキサンのページの2.および3.をご覧下さい。

※以下は、当研究室のシロキサン骨格含有イオン液体に関する書籍および総説(総合論文)です。

[7] 金子芳郎, "イオン液体研究最前線と社会実装", シーエムシー, 2016, 151. URL

[8] Y. Kaneko, A. Harada, T. Kubo, and T. Ishii, "Progress and Developments in Ionic Liquids", InTech, 2017, 579. URL

[9] Y. Kaneko, Chem. Rec.202323, e202200291. URL

Last updated on October 8, 2023